「第三分野保険」の自由化


日本では、長期に渡って、医療保険のような「第三分野保険」は、アメリカンファミリー生命保険(アフラック)の寡占状態が続いていました。

しかし、1996年の新保険業法で、生命保険業と損害保険業の相互参入が可能になりました。

本来ならばこの時点で、国内の保険会社の「第三分野保険」市場への参入も解禁される予定だったのですが、外資系、特にアメリカ系保険会社の利益の保護を考えるアメリカの思惑もあって、日米保険協議の結果、この「第三分野保険」での市場独占は2001年まで延長することに決定しました。

これは「激変緩和措置」と呼ばれています。

2001年にこの激変緩和措置が撤廃されましたが、この時、医療保険への参入が許可されたのは、大手の生命保険会社と、同じく大手の損害保険会社の子会社の生命保険会社に限られていました。

大手保険会社が、医療保険の市場に参入可能になったのは、同年の7月からでした。

ここで初めて医療保険などの「第三分野保険」の販売の自由化が認められたことになり、国内の大手保険会社はもちろん、たくさんの保険会社がそれぞれの特徴ある医療保険を揃えて、市場に参入し、現在のような医療保険の自由競争が始まったのです。

投稿者 友近由紀子
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